「東一に行く」2000/03/10(第3回)

 2月15日午前5:00小雪の舞う中、寒さにふるえながら家をでました。前日より気圧配置が西高東低の冬型になり、季節風が強く高速道路が通行できるか不安になりながら高速のインターを目指しましたがなんとか高速道路に乗れたものの湯布院を通過するころには、ますます雪が強くなり、いつ通行止めになるかとヒヤヒヤしながらゆっくり車を走らせました。鳥栖ジャンクションに着くころようやく明るくなりました。その近辺こそ雪は積っていませんでしたが、その先の長崎道ではまわりは完全な雪景色でかなり積っているようです。武雄北方インターで高速道路をおりて佑徳稲荷で有名な鹿島市の方角に車を進ませますがあたり一面真っ白な雪化粧で覆われています。約30分ぐらいで目的の東一の五町田酒造に到着したのですが、なにせ数年ぶりに訪れたもので本家の東長さんの横を通る入り口がわからず遠回りをしてしまいました。
 社長の瀬頭一平さんとは初めてお目にかかります。私が初めて東一さんにお邪魔した時は先代の社長が現役で活躍されていた時ですので先代の社長にはご挨拶しましたが、現社長とはお会いできないままでした。とりあえずご挨拶を済ませ早速蔵の中を案内していただきました。前回訪れた時とさほど変わったところはないのですが、すこし変更された所もあります。まず「麹室」が一つ増えていて吟醸酒用の「麹室」を2室にしたとのことです。これで余裕を持った「麹造り」ができるようになったそうです。「精米機」も変わっていました。コンピュータ制御の最新式のものが2台はいっていて省力化ができたおかげで時間をかけた納得のいく「精米」ができるようになったとのことです。次に吟醸酒の「仕込蔵」ですがここも一部屋増えて新しいタンクが入っていましたので吟醸酒の仕込み本数が増えました。タンクが7本で1クールこれを3クールで21本の仕込みができるのですが実際は20本の仕込みだそうです。わずかこれだけの仕込み本数ですので出荷量もおしてしるべし特定名称酒だけの販売量が240石しかありません。これを全国の取り扱い店で売るのですから佐賀県内で,お目にかかれないのも当然といえば当然です。
 造りのほうは、米は100%自家精米で例の全自動の精米機でゆっくり精米されます。蒸し米の「こしき」は正方形の木製のものでこの形のものはあまり見たことがありません。何故、正方形なのかと尋ねると丸い「こしき」に比べると蒸しのムラが少ないという理由だそうです。「こしき」にはキャスターが取り付けられていてそのまま別棟の「放冷機」の所まで移動して蒸し米が「放冷機」に入れられます。この日の蒸し米は普通酒の「麹米」でしたので冷めた米は、すぐ「麹室」に運び込まれていきます。吟醸酒の「麹米」については「放冷機」には入れず布の上に広げてよく冷ましてから「麹室」に運ぶそうですので吟醸酒はやはり手がかかっているのです。そこから二階に上がっていくと「もと場」があります。「もと場」にはすでに3クール目の「酒母」の「麹米」が用意されていていよいよ3回目の吟醸酒の仕込みが始まり気の抜けない日々がつづきます。「仕込蔵」には20本ぐらいの4000kg用の仕込タンクが並んでいて発酵が進んでいます。上がった時とは違う階段で降りたところの右側に吟醸酒用の「仕込蔵」があります。続いて大吟醸酒専用の斗瓶取りに使う部,屋がありその反対側には冷蔵庫が並んでいます。そこから、さらに進んだところが精米所があります。もとのところに戻って「放冷機」の横に「槽場」があり、そこには「やぶた」と呼ばれる自動圧搾機があり、普通酒や吟醸酒はここで搾られます。蔵を一回りして事務所に戻るころには体が冷えきっていてお茶がとても温かく感じられました。この日はことのほか寒くて酒造りには適しているのでしょうがあまり厚着をしていかなかった私にとってはかなり応えました。その後社長が所用があり出かけられましたのでかわりに製造の勝木部長がお相手をしてくださいました。勝木部長はこの業界ではかなり有名な人であちらこちらで講演をするほどですし、歯にきぬきせぬものの言い方は聞いていて気持ちのいいものがあります。いろいろお話を伺っているうちにお昼近くになったのでおいとましました。帰りに本家の東長さんの前を通ったのですが、蔵も大きく事務所も大変立派な建物でした。

*注1 「放冷機」蒸し米を所定の温度まで下げる機械で幅1、2mぐらい長さ5mぐらいのベルトコンベアーのようなもので途中に冷風を取り入れるダクトが取り付けられています。
*注2 「やぶた」正式には、薮田式自動醪圧搾機といいます。人手のいらない「上槽」をする機械です。長さが7mぐらいでアコーディオンのような形をしています。