「九州縦断蔵巡り 3」2007/12/25(第76回)

  前回の続き
 天文館で飲んだ翌日は、朝8時にホテルを出て向かった先は「村尾酒造」さんです。鹿児島市内からは南九州道で、一気に藏の近くの川内市の鹿児島市内寄りまで行けますので、大変便利になりました。村尾さんに行くのは十年ぶりくらいでしょうか。川内市内を過ぎて町はずれの入り口は、おぼろげながら覚えていましたが、新しい道路も出来ていたので、少し迷いましたけどすぐに判りました。

 藏では村尾社長が待っていていただいて、奥様が芋のヘタ切りで、お忙しいので社長自らお茶を入れて下さいました。お土産に四ッ谷専務が「兼八」を差し上げたら、殊の外喜ばれて「私はこの味が好きだ、この味を変えないで」とおっしゃっていました。これには四ッ谷専務も感激していました。

 一通りご挨拶が済んで、ご養子の氏郷さんに藏を案内していただきました。と蔵内にとても若くてきれいな女性が・・・なんと社長の三女さんということで、ビックリしました。

 藏を見回すと増築されて広くなっていました。昨年増築されたそうで、年が明けると芋の価格が3割ほど高くなるのに品質は良くないということで一日の仕込量を増やして、短期で造りを切り上げる方針にしたということでした。

 それに伴い、麹室も以前の場所から移動していましたし、蒸留器も2機になっていました。それよりもっと驚いたのは、その2機とは別に村尾社長自作の木桶蒸留器が作られていたことです。(まだ試作段階で実際に商品の蒸留には使っていないということでした)

 ともあれ、村尾社長は「金がないから自分で作る」みたいなことを冗談でおっしゃっていましたが、とんでもなく器用な方です。何から何まで自分で作られるそうです。買ったものでは同じ味しか出せないというのはもっともなご意見です。

 その後、事務所に戻り「ぜひ大分にも遊びに来て下さい」と言って約1時間ほどの短時間でしたが、村尾社長の酒造りというかスタンスが確認できた充実した蔵見学となりました。

 それから、3号線まで戻り最後の訪問先である大石酒造さんに向かいました。川内からきれいな東シナ海を車窓から眺めながら、40分ほど走ると阿久根市の大石酒造さんに到着しました。

 ちょうど社長が出荷の準備をされていまして、少し事務所で待たせていただきました。挨拶もそこそこにお昼から大石社長が所用で出かけられるということでしたので、藏を案内していただきました。

 いろんなPB商品を頼まれているのと、商品によってタイ米や国産米を使い分けているということでしたので、仕込の工程が非常に複雑になります。それで藏の従業員方にも工程表を作って渡していました。

 国産米とタイ米では米麹の造り方が違うはずなので、四ッ谷専務はその辺りのこともいろいろお聞きしていました。四ッ谷専務によると北薩(鹿児島県の北部)の方が南薩(南部)より麹など醸造技術は高いだろうということでした。その話を聞いて、なるほど造りに携わっている人から見ると、そのレベルのことが話の内容や藏の雰囲気でわかるものなのだと感心しました。

 「せっかくですからお昼でも一緒に」とお誘いをいただきましたが、こちらも大分まで帰らないといけないですし、大石社長もお忙しそうでしたので、早々に藏を後にしました。

 阿久根市から大分までは、途中の新八代からちょっと走れば高速が利用できるので、300km超の距離の割には4時間くらいで帰り着きました。いつもなら一人旅で帰る頃はヘトヘトなのですが、今回は四ッ谷専務と一緒でしたので楽しく廻ることが出来ました。  
                     四ッ谷専務お疲れ様でした。